このところ訃報が多い フォーマルの準備

10月という時期は、 急に寒くなるからなのか、
今年の10/ 16、17の週末に2件も訃報があった。
一人は会社の人、もう一人は元取引先だ。
月曜日に2件もそんな知らせを受けるなんて、そんなことあるっけ普通?と思ってしまう。

取引先は数回しか会ったことがない。
でも、毎回いつだって暑苦しいくらいの強力な商品提案をしてくる営業部長だった。
いつだってあぶらぎっていて、黒く染めているであろう髪の毛は若干のリーゼント。
矢沢永吉が好きだともし言われたらそうだろうね、と納得したくなるタイプ。

私からピシャッと断られないと、どうしても引き下がらない人で
彼の部下は私に
「僕の言うことを聞かずに、
あなたから 商品のダメ出しをしてくれないと諦めてくれない」という、
しごく諦めの悪い上司だった。

いつも名古屋からわざわざ部下についてきて部下から迷惑がられていた。
彼は、非常に暑苦しい男だったが
何がダメなのかを教えると、非常に素直にそれを改善してきた柔らかい側面もあり
ついなんとかしてあげたくなる何かを持っていた。

**

もう一人は、同僚だった。
彼はちょくちょく見た。近い席に座っている男だった。

荷物を抱えてドアをあけようと奮闘している私に
無言で手を貸してくれるクールっぽい男前。

彼は珍しい名前で、私がかつてそうされてきたように、
きっと小さなころ名前でいじられたんだろうな と思って彼のメールを覚えている。

彼のことをイケメン、といっている人がいて、
ああ、そうだな、確かにイケメンだな。と思っていた。

年は38、
直前まで 部下たちとteamsでミーティングをしていた。

やりとりが終わって、彼はあっけなく逝ってしまった。
前日に人間ドッグに行っていたという。

原因は、「なんだか頭が痛いんだ」、といっていたらしい
蜘蛛膜下出血だった。

38で、在宅勤務中を終えた頃。
妻が幼稚園のお迎え手言っている間の30分以内の出来事だったという。

長いこと闘病していると
周りも気持ちに整理をつける時間があるんだろうと思うけど
こうも呆気なくいなくなると、不思議だ。

私は彼らと 近い関係ではない。

いつも、会社関係のお葬式は参列するかとても迷う。
冷たいと言われるだろうが、私は大概の場合、行かない。

あまり世話になっていないほとんどただの知人 という場合には、
基本的には心の中だけで ご冥福をお祈りし、
その方とのやり取りを思い出すことを供養としているのだ。

あまりやりとりがなくてもお葬式に行くことはある。
生前、印象的なやり取りで私が”救われた”と感じた時には、その時のお礼を言いに。

こじれてる場合はどうなんだろう。私は行く気になるのだろうか?
とはいえ、私は 薄情かもしれないがいかないのは、なんとなく、「ポーズで いく」というのが嫌いなのだ。
だから命日も その方のことを思い出すだけにしている。

これは、うちの家族があまり 墓参りとか お葬式に行かないタイプであり、
心の中で、生前のその人のことを思い出すことで十分なんだ、という
父の考え方が染み付いているからだと思う。
それがいいのかどうかは、知りませんけど。ダメなんだろうか?
わざわざ いくポーズを見せないと、社会人として失格なんだろうか、と。

昔から思うけど、やはり 私は ご挨拶で ポーズでお葬式とかに行くのが嫌な正直なやつなのだ。

さらに嫌いなのは、どこから聞くのか そのかたの訃報を聞きつけて根掘り葉掘り聞いてきて参列しようとする取引先。
そんなに知り合いだったんだけ?と冷めた目で見てしまう。
こういう機会に律儀に参加する姿勢に、
「抜け目なく参加しようとする奴ら」のように見えてしまうのだ。

私でさえその方の葬儀に参列しても良いのかいちいち悩むのに、
なぜこの人たちはこんなに図々しいのだろうかと 思ってしまう。

親族だけしか来ないでほしいという方もいるし、
一人でも多くの人に来て欲しいと思う人もいる。

どっちだろう。
私は 行っても良いような間柄なのだろうか?といつもいちいち悩んでしまうのだ。

ご本人が亡くなった場合ならまだしも、知り合いの、ご家族の場合は、さらに悩む。
数年前に世話になった先輩のご家族が亡くなった時もそうだ。
ご家族の葬儀に、私ごときが行っても良いものなのか、と当日まで、私は悩んだのだった。

そして 喪服を持って会社に行ったくせに、
「行っても良いものだろうか、と迷っている」と同僚に言ったら
「何言ってんの」と言われて、
「行ってもいいのか」迷いながら、行ったのだ。
そのくらい、人の葬儀は考えてしまう。

これこそ 感性の問題なんだろうなと思う。
私は毎度のことだけど、いちいち考えすぎなんだろうと思うけどさ。

なので、取引先などが ずけずけ葬儀について質問してくると、
仕事柄 いっときにたくさんの人から連絡が集中したりするので、なおのこと嫌な思いをする。

私でさえ行っても良いのかこれだけ悩むのになぜ、仕事の付き合いのあなたが来たがるのよと。
だから聞かれると、「私は行くか分からないし、葬儀の情報を知らない」と答えてしまい、
冷たいですねえ!って驚かれる。なので、全てが嫌になって連絡を返すことをしなくなる。

私は冷たいのだろうか。
葬儀は人とお誘い合わせの上行くものでもない。

**

暑苦しい男の葬儀について、行くべきですか、と後任の後輩に聞かれた。
彼女はあったことすらないのだ。
会社からお花の手配をお勧めした。

本人や家族がどう思うのかが気になっていつも悩ましいことだ。
生前に「葬儀に来て欲しいのか」知らしめておいて欲しいとすら思ってしまう。

こうやって、考えてみた。私は来て欲しいのだろうか?と。
家族に不幸があった場合には、ひっそりと行いたいのかもしれない。
しかし、私自身が亡くなった本人であれば、
意外と懐かしいご無沙汰の人には全て来て欲しいタイプだったりするから、
自分に驚くんだけど。

そんなことを考えながら、今回は葬儀に行かないことを選びながら、
それでも自分の喪の準備ができているのか不安になり、
フォーマルの洋服などを点検してみたりして、過ごした。

喪の準備は、何もない時にするのがいい。

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